●「門」で 己を知り己を使いこなす

立門発動へのヒント

2020年5月29日

火曜日にオンラインで行った、
修門アビリティの高い特級立門Oさんとの
魂のグランドデザインZOOMセッションで、


立門発動について
たいへん参考になる見解を
お話しいただきました。


ナマの声はやはり参考になります!


以下、メモしたのをほぼそのまま記します。

 

Oさんは怒られるのはキライ。

絶対怒られたくない。

ほめられるのはいいけど無意味に怒られたくない。

怒られずに思い通りになる方法を考えた。

たとえば、
高校に赤いコートを着ていきたかった。

しかし赤いコートを着ていくと
注意されそうな校風。

怒られるのはイヤだ。

だから確認を取って許可を取ることにした。

許可を取れば悪くないだろう。

生徒手帳はけっこう曖昧な表記がされている。

先生に聞いてみた。

「もし赤いコートがダメなら、赤いコートは禁止って明記してくださいよ」

そしたら先生は赤いコートOKにしてくれた。

堂々と言えばわりと通る。

もしも通らなかったら「じゃあどうすればいいですか」と聞く。

そんなふうにして

堂々と校則違反(?)していた。

立門の人は自分がいつもカッコよくいたい

いかにカッコよくいるか、
カッコよくなるために何かをする、ならがんばれるが、

何かのためにがんばるとかはできない

立門の人は怒られてきた人が多い

そこで、怒られないようにしようとか思うと
ややこしくなる

自分の正しさを証明していく

私が間違ってるんじゃなくて世の中が間違ってる!くらいに。

交渉したり、自分の意見を言うことは得意なはず

言ってダメなことはないと思う

おかしなこと言ってたとしても立門の言うことはそれっぽく聞こえる

妙に説得力あるんだよね、と人から言われることは多い

立門で
いじめられたことがない人、いやみとか言われたことない人はいないと思う

まわりから押し込められてる

いいことしても悪いことしても目立っちゃったりとか鼻についたりして

絶対何か言われている

そこで
じゃあやめとこう、
ってなっちゃう人が多い

もったいない

心臓に毛を生やして生きるくらいでないと立門はやっていけない

「中傷=称賛」くらいに自分の中で変換していかないとやっていけない

親にさんざん「出る杭は打たれるから目立つな」と言われてきた

でもそれの何がいけないのかわからなくて無視

それの何がいけないの?と聞いても親は答えられない

答えられないなら意味がない

説明できるようになってから言ってよね、話はそれからだ

そう言う子だったから、

先生とかからこの子は面倒くさいとか何を言ってもだめだとか思われてた

でも
そういうふうに思われたほうがラク

何をやればそういうふうに思われるかしら、と
そういうポジションを取りにいくくらいの勢いで

変な人と思われるのをカッコイイと思うくらいじゃないとやっていけない

何か言われても

「やりたかったらあなたもやれば?」

どうせできないから、誰も

そういう態度を貫いていくと
だんだん中傷が本当の称賛に変わってく

あの子は特別だ、すごい、とか

立門は息してるだけでたたかれたり

存在がむかつくとか言われたりする

立門の人はみんな気付いてるんじゃないかなあ

普通の人に擬態して生きようとしているってこと

やりたくないことをなぜやりたくないのかについて
みんなが納得できるようにちゃんと説明しないと

ただのわがままになる

でもその説明は理屈通ってなくてもいい

いかにそれっぽく言えるか!がカギ

 

・・・以上

 

立門のみなさま
いかがでしょうか?

Oさんは修門をお持ちなので
どちらかというと論理的思考が得意、ということは
あるかと思いますが


立門の人、
それから
立門のパートナーやお子さんを持つ人にも
参考になるのではないでしょうか?

門学は、
自分じゃない門の情報も
他人を理解するのに非常に参考になるのが
面白いですね!

 

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