「門」で自分の軸を作る

自分基準で生きる

2019年2月12日

日曜日に本屋さんで立ち読みした本の中に、
このようなことが書いてありました。

「1日のゲーム時間を制限して、
 増える勉強時間は1日平均1.2分」


・・・

さっきふと思い出して、
記憶に自信がないので
数字をそのまま受け取らないでいただきたいのですが、

ようするに
ゲームとか遊びとかテレビとか
余暇の時間を制限しても、

制限してできた時間がそのまま
「勉強」
とか
「仕事」
になるわけではない、ということです(^^)




私の子供時代は
女姉妹ということもあり
ゲームはありませんでしたが、

午後8時くらいには
「勉強しなさい!」と
自分の部屋に追いやられていました。

でもそこですぐに勉強を始めたかというと
まーーーーったくそんなことはなく、

1時間とか2時間とかそれ以上とか
ウダウダしてから勉強をようやく始める、

でも中学ならまだしも
高校になると宿題すらなかなか終わらない、

という
焦りと自己嫌悪のスパイラルが
毎日続いていたように思います^^;




何がよくなかったかって、
そんなマイナスな気分になることが
何よりも後々まで悪影響だったと思います。



今思えば、
やるときはやっていたんだから
それでいいじゃないか!
なのですが、

当時あまり自己肯定感は
高くありませんでした。




ひとえに、
周りの理想、

親の理想や進学校の理想、

などから見て、
自分はあまりレベル高くないな〜と
感じざるをえなかったからでしょう。




私はこうあるべき、というのを
たくさん作っていたのですね。

それも、
自分で決めた「こうあるべき」じゃなくて、

他人目線の「こうあるべき」を。




他人目線の基準を追いかけると、
キリがないし、

第一
他人目線の基準から生まれた目標って、
達成してもあまり幸福感がありません。



達成した!

けど

他人目線ということは
誰かに褒められたり認められることを欲しているわけで、

達成しても
思ったほど褒められない

というか

「よくやった!」

ではなく

「まあそれで当然よね」

という
プラスマイナスゼロで
終わった感がすごく後を引きます。




人がこの世の社会の中で生きている以上、
他人目線を完全にはずすことはできませんが、


自分から見て
「私は私の持っているものすべてを活かしているだろうか?」
と問うことは、

自分の基準を自分自身に取り戻す
きっかけになると思います。




自分の持つものを余すところなく生かせれば、
それだけで幸福感・充実感に満たされます。


成果が出ても出なくても、です。

(多くの場合はちゃんと成果が自然に出ます!)




私の場合では、

勉強しなければならないと思っていた
高校時代は、

持っていない修門を無理矢理使おうとしていて、

持っている官門も使ってはいたのだけど
使い過ぎて自我を剋し(門の相関図参照)、

アビリティの創門および立門が
完全に死んでいたため

苦しかったのだと分析できます。




最初の話に戻れば、

ゲームやネットや
そういう娯楽を制限するのは、

自分の基準で選んだ「これをやる」
というものがあってこそ生きてきますね!



「これをやる」ために制限する。



理由のない制限は
つらいだけ。


心から納得している理由があれば、
そのためになんでもできます!



そういうものが早くに見つかれば
ラクだけど、

見つからないなら見つからないで、

秘宝を探しに行く旅に出ているのだ、とか、

もう
探すこと自体を娯楽にしちゃって
あまり必死にならず、

すべてをネタにして楽しんでいくのが
いいんじゃないかな、
と思います(^^)


この前
月修門の末っ子が

「ぼく、
 みんなが知らないことを知ってて
 みんなが知ってることを知らない」


ニコニコしながら言っていましたが、



月修門は、それでいいよ!

いや、それ「が」いいよ。

ニコニコしながらそう言えれば
サイコーだよ!




マイペース末っ子、
うらやましい(笑)

 

 

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